2009年03月26日

ホンネdeチボリ No.1/5

あのチボリを、なかったことにしちゃうんですね?

 「アンタにしか書けない、チボリもあろうが。なぁ?」と、Vision岡山・A編集長の思いつきから始まったこの企画。
 昨年末までチボリの禄を食み、岡山県キモいりの再就職支援の護符を持つ、元チボリ社員がホンネで語る「実体験的チボリ最終章/その後」。 そういう訳で粛々と、本音でお届けいたします。
 
 いや、もう信じられません。園の東側から湖畔にかけて存在している噴水や銅像や欧風庭園・街並などを含め、多くの市民に愛されたチボリの真髄である「修景の美」。市民公園となって木戸銭(入場料)のない街並になれば、十分に観光資源となりうるその景色が、内装を剥がされ窓枠をノコギリで削られ、怪獣に踏み潰されるように消えつつあります。
 
 私は、倉敷市が市民公園を目指すのであれば、使い勝手が悪く、稼働率が低く、中途半端な大きさの「箱物」である駅前の劇場より、残すべきものがあると思っていました。
 特にチボリの魅力である景色の要となっている施設は、旧チボリ・ジャパンが所有する商業施設であり、遊具の解体同様、その運命は明らかです。それでも、市民に愛された公園としての魅力を少しでも残そうと思うなら、チボリの東側を中心に外周に沿って点在する、小さな店舗に「景色」をつけて貸し、その収益を、たとえば子育て支援に還元したら、と思っていました。
 昨年の12月6日の市民説明会のメモを改めて読み直してみると、東側半分を残せという意見があるのが目に留まります。倉敷市民の思いは整備された緑道ではなく、建物と森を含めた「修景の美」だったのではないのでしょうか。

 設立から身の丈にあわぬ負債を背負わされて始まったチボリ・ジャパンの清算は仕方のないこととして、新しい倉敷の公園になればいいと、私は思っていました。
 でも管理する組織がないからと、あれだけの施設を活用の脈絡なく潰していくのでは、あまりにも知恵がなく、情けない。外から見れば「岡山・倉敷」のこの顛末は、恥ずかしいことであるとすら思うのです。
 「しかるべき方があれだけ力を注いでこの結果だったのだから」「政治的決着はついたのだから」…と人は言い、その通りとも思うのですが、次の物語が見えてこないまま、遊具の解体にあわせて建物と周囲の森も潰されています。
 中途半端に残った県有施設も、いずれなかったことになるのでしょう。まるでそうなることをじっと待っているかのようにすら思えてきます。

 起こったことはすべて正しい…。最近のビジネス書の言葉を引くまでもなく、開園も閉園もその時々の民意を反映したもので正しい。
 でもそこで立ち止まったり、黒く塗りつぶした歴史を、自分の中にも倉敷にも、残したいとは思いません。私たちは、子供たちの夢を育んだチボリの姿を正しく伝え、ささやかでも、新しいチボリの物語を始めたいと思っているのです。


※ このエントリーは、Vision岡山さんのご厚意により、3月2日号に掲載されたコラムに一部加筆してお届けしています。
posted by チカクの中の人 at 00:00| 岡山 ☁| Comment(0) | ホンネdeチボリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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