2009年03月27日

ホンネdeチボリ No.2/5

駅の近くをもっと元気に。私たちがチカクです。

 「あのさ、ボリのルチャーラブから生まれたグループだから、チカクって名前はどう?」

 夫のオヤジギャグ炸裂の提案を「アリエナイ」と、冷たく切り捨てた私。ところが仲間たちからは好評で、そう言われてみればチボリの核を残したい、というのが「最初の思い」だし、駅の近くでこの森の今後を見守りたいという「強い気持ち」があったことも思い出しました。
 こうして名称も決定し、私たち、チボリで業務経験を持つ女性を中心に、チボリで行われてきた公益性の高いソフト事業の受け皿になることを目指した「一般社団法人チカク」がはじまりました。

 最初は閉園の報道に落ち込むスタッフと自分自身を慰めるつもりで言った、単純な思いつきでした。「私たちがしてきた子供向けのイベントは園外でもできる。毎年なにか、みんなでしようよ」。それがそのうち、いろいろなキーワードで肉付けされふくらんでいきました。
 「チボリにある商売のシステムと、社会に還元するシステムを分け、NPOを作ったらどうだろう。緑の森や優れたソフト資産、多くの市民や子供たちが利用しているカルチャー教室や、そこから派生した文化事業は、市民のため残す価値があるし、駅前の森を維持する最低限の行政の財政的支援は必要だけど、公益事業として自立運営ができるかも。」
 マスコミが大々的に報じたとおり、当時、株主総会でも、いくつかの案が錯綜して私ごときの思いつきを語る場もなく、ようやく社長に「事業型NPOでチボリの公益性を残せないか」と提案できたのが、昨年9月に入った頃。著しく空気の読めていないその提案への裁定は、結局、年明け以後どうするかについて、個人が動くことを止める理由はないということになりました。

 報道や社内で伝え聞く情報から、私には「公園機能は残したい」という行政の文脈に、人が通い集う「ソフト」についての概念がないように思えました。そのとき感じた「価値あるものが残らないかもしれない」という恐れが現実になりつつあることは、2009年3月2日のこのコラムで書いています。

 「今は怒りを長引かせるよりは、私たちにしかできない新たなチボリを息づかせていくことに、力を注いでいきましょう!」。元植栽スタッフ、Mさんのメールからの引用です。

 そんな思いを持つ仲間たちがここに集まりました。そんな気持ちのある人の願いを実現する場になればいいと思います。駅の近くを、もっと元気に。私たちがチカクです。


※ このエントリーは、Vision岡山さんのご厚意により、3月9日号に掲載されたコラムを一部加筆してお届けしています。
posted by チカクの中の人 at 00:00| 岡山 ☁| Comment(0) | ホンネdeチボリ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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