県や市の駆け引きは
言ってみれば井戸端会議のようなもの。
言ってみれば井戸端会議のようなもの。
ホンネdeチボリ最終回は、マイクを向けられても、出ることのなかったスタッフのホンネを拾い上げてみました。
チボリは100年先を見据えた一大事業ではなかったのか
さまざまなキャリアを持つ同僚と働き、地元の方々、取引先や地元の若い経営者とも意見交換ができ、チボリを中心にいろいろな和ができたことが今の仕事に役立っています。
私は、「チボリ公園」は100年200年先を見据えた県民・市民の憩いの場を創っていく場所であり、将来、岡山県の大きな財産になる施設だと聞かされて入社しました。働きながら私もそう感じ、働くことに誇りをもって最後まで仕事をしてきました。
しかし、チボリを生きがいに生活の一部としていた多くの県民・市民や、現場の従業員とは、全く関係ないところで閉園することが決まり、閉園すると決めた方がこういった人たちにたいした説明をしないまま、粛々と業務の整理が行われていった。
今、改めて考えても、このやり方は理解できません。
(倉敷市・会社員・男性)
緑や花と建物など景観そのものがみごとに、また贅沢に造りだされていた。そんなチボリでの経験は、職場での信頼感につながっている。
一番納得がいかないのがやはり県の責任のとりかただ。はっきりとしない態度のまま何ヶ月も無駄な時間が過ぎた。ただ、残されたチボリの心根の部分を受け継ぐ仲間ができたことに感謝したい。
(赤磐市・自営・女性)
倉敷駅前で育まれた樹木を切り倒して、緑化フェア?
楽しく、やりがいのある仕事をさせていただきました。どんな業種に就労しても、経験を役立てることはできると思います。
限界まで経費を節減し、あのままの状態で運営を続けていくことは、労働力確保の面でも厳しかった。だから閉園は、選択としては正しかったのではと感じます。
それにしても、ただ、すべて更地にしてしまうのは、それまでの県の行ってきた政策や、同じく整備してきた駅の北側すべてを否定しているようで、寂しく感じます。噴水等も残していただきたかったです。
倉敷駅前で、十数年育ててきた樹木、毎日手入れされてきた花壇をつぶす同じ年に、別の地域で緑化フェアを行うのは税金の無駄遣いのような気がします。
『ハンスの冒険』のような素敵な物語がいつまでもご覧になったお客様の心の中で生き続けてくれることを願います。
(倉敷市・団体職員・女性)
チボリでは、一つのことに留まらず、色々な経験ができました。まだまだ、勉強が必要ですが、今までの経験を十分活かせていると思います。
チボリがあって良かったという人が、大勢います。また、全国から遊びに来てくれた人たちの思い出を壊していくのは寂しいです。
北欧の街並み、活気あるスタッフ、大人気のアトラクションなど…、全部でチボリだったのに。緑を残しただけで人は集まるのか疑問です。
(倉敷市・会社員・女性)
チボリがなくなって可哀想なのは、スタッフじゃない
チボリの良かったところは、圧倒的な認知度と倉敷駅前という立地。老若男女に愛される公園としての公共性。坂口社長の責任感と実行力。エンターテーメントの質(ハンス・チボ森・最後の核になったTE)。ビアガーデン(広場開催に限る)の雰囲気など。
悪かったのは、開園までの経緯を巡るイメージの悪さ。行政の責任の擦り合いとそのトップの責任感の欠如。チボリ社のトップ以外の船頭の多さ。
チボリがなくなって可哀想なのは、働いていたスタッフでも、倉敷駅界隈で集客を見込んで商売されていた方でもなく、チボリ公園って楽しいなぁ、また来たいなぁと思ってくれていたお客様だと思います。
チボリの形はなくなっていきますが チボリの意志はなくならないし、なくしてはいけないと思っています。
(玉野市・会社員・男性)
県や市の駆け引きは言ってみれば井戸端会議のようなもの。開園当初、喜びが伝えられたデンマークの人たちも悲しんでいるだろう。
(倉敷市・団体職員・男性)
※ このエントリーは、Vision岡山さんのご厚意により、3月30日号に掲載されたコラムを一部加筆してお届けしています。

